大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和31年(ワ)9076号 判決

原告 七宝不動産株式会社

被告 合資会社マミー洋装店 外一名

主文

被告合資会社マミー洋装店は、訴外独研産業株式会社又は原告から金三百万円の支払いを受けるのと引換に、原告に対し、別紙目録記載の室を明渡せ。

被告合資会社マミー洋装店は原告に対し、金九十九万百六十四円及び昭和三十三年六月一日から右明渡し完了まで、一カ月について、金五万二千九百七円の割合の金員を支払え。

原告の被告合資会社マミー洋装店に対するその余の請求及び被告下村優に対する請求はこれを棄却する。

訴訟費用中、原告と被告合資会社マミー洋装店との間に生じたものはこれを五分しその四を被告、その一を原告の負担とし、原告と被告下村優との間に生じたものは原告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り原告が金五十万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告等は原告に対し別紙目録記載の室(以下本件室と略称する)を明渡し、且つ各自金九十九万百六十四円及び昭和三十三年六月一日以降右明渡し完了まで、毎月五万二千九百七円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因を、

「原告は昭和二十九年二月十一日訴外独研産業株式会社(以下単に訴外会社と略称する)から、その所有にかかる本件室を含む別紙目録記載の建物(以下本件建物と略称する)を買受け、翌十二日その登記をし現にその所有者であるが、被告等は原告に対抗し得る何らの権限もないのに本件室の占有を継続している。そこで、原告は被告等各自に対し、所有権にもとずき右室の明渡しを求めると共に、無権限占有後の昭和三十一年九月二十三日から同年十一月末日までは一カ月金四万四千三百三十四円、同年十二月一日から昭和三十二年十一月末日までは毎月金四万八千百五十二円、同年十二月一日から昭和三十三年五月末日までは毎月金五万千九百七十五円、(以上計金九十九万百六十四円)同年六月一日から右明渡し完了まで毎月金五万二千九百七円の割合の各賃料相当の損害金の支払を求める。」

と述べ、被告会社の抗弁に対する答弁及び再抗弁として、

(1)被告合資会社マミー洋装店(以下被告会社と略称する)が、本件室につき訴外会社と被告会社主張の賃貸借契約を締結したことは否認する。(訴外会社が被告会社より昭和二十八年十一月八日、損害保証金として金三百万円を寄託し右室を貸与したことは認めるが右は単なる使用貸借契約があつたに過ぎない。

仮りに、賃貸借契約があつたとしても、被告会社は昭和二十九年七月三十一日以後、原告に無断で被告下村に本件室の賃借権を譲渡若しくは転貸したので、原告は被告会社に対し昭和三十一年九月二十一日付、翌二十二日到達の書面で本件室の貸借契約を解除する旨の意思表示をした。これにより右貸借は終了し、被告は本件室を占有する権限を失つたのである。

(2)権利濫用との主張は争う。

(3)被告会社が訴外会社から本件室を借り受けたこと、及び右貸借にあたり訴外会社に対し金三百万円を損害保証金として差し入れたことは認めるが、該保証金返還債権は本件室の貸借に関して生じたものでないから被告会社に留置権は存しない。

もし、被告の留置権の主張が認められるとすれば、その時は、原告は先に損害金として請求した金員を不当利得によつて請求する。すなわち、被告会社は本件室を留置権に基いて占有するにしても、これを使用収益する権限はないのに、店舗として右室を使用し、原告の損害において不当に利得しているから、これが返還をなすべきである。そうして前記賃料相当額が右利得額である。

と述べ、

立証として、甲第一ないし第三号証、同第四ないし第六号証の各一、二、同第七、第八号証、同第九号証の一、二、同第十ないし第十二号証、同第十三、第十四号証の各一、二、同第十五号証の一ないし三を提出し、証人庄野義信の証言及び鑑定人米田敬一の鑑定の結果を援用し、乙第十、第十一号証の各一、二、同第十二号証同第十四、十六号証は知らないが、その他の乙号証は全部認めると答えた。

被告等訴訟代理人は、「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「請求原因事実中、本件建物が訴外会社の所有であつたこと、本件建物につき原告主張の登記のあること、及び被告会社が本件室を占有していることを認め、その余は争う。被告下村は被告会社の使用人に過ぎない。」

と述べ、被告会社の抗弁として、

(1)被告会社は昭和二十八年十一月十八日右訴外会社に対し、損害保証金名義で金三百万円を差入れ右訴外会社はこれを利用し賃料に相当する利益を収受する契約(右寄託金の収益権を賃料とすること)で本件室を期限の定めなく賃借して占有するに至つたものである。従つて、被告会社は右賃借権をもつて原告に対抗することができる。

(2)仮りに右主張に理由がないとしても、被告会社は権利濫用の抗弁をもつて対抗するものである。すなわち、被告会社は本件室を借り受けて洋品店を開業し、多大の投資や懸命の努力により今日漸く利潤を見んとするに至つたところである。一方、原告会社は本件室の貸主である訴外会社と経営者を同じくする実質上同一の法人であつて、本件室の貸借にあたり保証金名下に三百万円もの多額の金員を受領しこれを利用しておき乍ら、突如として本件室明渡の請求に及んだもので、到底正当な権利の行使ということができない。

(3)仮りに然らず、原告に本件室明渡の権利があるとしても、被告会社は本件室を訴外会社から借受けるに際し、前記のとおり保証金三百万円を差し入れ、契約終了のときは返還を受ける旨の特約をしておいたから、右金額の金員の支払を受けるまで、本件室を留置する。

と述べ、原告の再抗弁及び予備的請求原因に対し

原告主張のような契約解除の書面が原告主張の日に被告会社に到達したこと及び被告会社が店舗として本件室を使用していることは認めるが、被告会社は本件室を被告下村に転貸したことも賃借権を譲渡したこともないから、賃貸借が終了したとの原告の主張は失当である。また、原告主張の額が本件室の賃料相当額であることも否認する。

と答弁し、

立証として、乙第一ないし第八号証、同第九号証の一ないし三、同第十、第十一号証の各一、二、同第十二号証同第十三号証の一、二、同第十四ないし第十六号証を提出し、証人井上猪佐男の証言並びに被告会社代表者東条喜三郎及び被告下村優(第一、二回)各本人尋問の結果を援用し、甲第十四号証の一、二、同第十五号証の一ないし三は知らないが、その他の甲号証は全部認めると答えた。

理由

(被告会社に対する請求について)

本件室がもと訴外会社の所有であつたこと、本件建物につき原告主張の登記のあること、及び現在被告会社が本件室を占有していることは当事者間に争いがない。

そうして、成立に争いのない甲第二号証、乙第三号証、証人井上猪佐男の証言からその成立の真正を認める甲第十四号証の一、並びに証人庄野義信、同井上猪佐男の各証言を綜合すると、昭和二十九年二月十一日右訴外会社はその所有の本件室を含む本件建物を原告会社に譲渡したことを認めることができるから、現在原告が本件室の所有者であるというべきである(成立に争いのない乙第六、第七号証、及び証人庄野義信、同井上猪佐男の各証言から原告会社とが同一の法人でないことを認めることができ、本件全証拠によつても両会社の同一性を認めることはできない。)

そこで、次に被告会社の抗弁事実につき、以下順次判断する。

(1)  先ず、被告会社が本件室につき賃借権を有するかどうかである。

訴外会社が損害保証金として金三百万円を寄託し本件室を昭和二十八年十一月十八日被告会社に貸したことは当事者間に争がない。しかして成立に争いのない甲第一号証、乙第一、第二号証、証人庄野義信の証言及び被告会社代表者東条喜三郎、被告下村優(第一、二回)各本人尋問の結果の一部を綜合すると、被告会社はかねて東京に適当な貸店舗を探し求めていたが、当時訴外会社所有の本件室が始めに三百万円の保証金を納入するだけでよく、月々の賃料は不要であることを知つてこれを借りることにし、昭和二十八年十一月十八日被告会社代表者東条喜三郎は訴外会社社長庄野義信との間に本件室を借り受ける契約を結び、右保証金三百万円を差し入れたうえ、貸借契約書に捺印を了したものであること、右保証金は本件建物が借主の過失により焼失滅失毀損した場合の損害保証金として無利子で寄託するもので契約終了の際は被告会社に返還さるべき約定であつたことの各事実を認めることができる。ところで右訴外会社は営利を目的とした会社であり、右三百万円の金員をただ寝かせておく筈もなく、適当にこれを運転して月々相当の利殖をあげるであろうことは想像に難くないところではあるけれども、契約締結に際して右保証金の利廻りを以て賃料に見込む趣旨の合意があつたことを認めるに足る証拠がなくかえつて契約書(甲第一号証、乙第一号証)には「室使用貸借契約書」と銘打ち、「賃料は本契約期間中無償とす」と明記されていることなどに対比するとき、これを以て本件室の貸借が賃貸借であると認定することは困難であるといわなければならない(右乙第二号証には解約にあたり保証金の返還が遅れた場合には、本件室の使用権を譲渡することができる趣旨の記載があるがこれを以て本件貸借を賃貸借であるとすることができないことはいうまでもない。)ひつきよう、被告の賃借権の主張はこれを認めるに足る証拠がないから、被告会社は賃借権を有しないものというほかはない。

(2)  次に被告は原告の本件室明渡しの請求は権利の濫用である旨主張し、弁論の全趣旨よりみれば被告が明渡しを求められることに割れ切れぬ感情を抱くのも無理からぬ節がなくはないけれども仮に被告主張の前掲事情が存在するとしても本件室明渡の請求を以て権利の濫用というを得ないから、被告の右主張は採用しない。

(3)  更に被告は留置権を主張するのでこれについて考える。被告会社が本件室を訴外会社から借り受けるにあたり、保証金名下に金三百万円を訴外会社に差し入れたことは当事者間に争いなく、右三百万円が本件室の明渡しと同時に被告会社に返還さるべき約定であつたことは前掲甲第一号証、乙第一、二号証により明白であり、また、本件室の貸借が使用貸借であつて所有者の交代とともに終了したものであることは前示認定の当然の帰結である。

しこうして、右書証と弁論の全趣旨からみたとき、右保証金三百万円は本件室の貸借契約と密接不可分の結びつきをもつており、同一の生活関係から生じたものということができるから、これが返還請求権と本件室の占有との間には牽連関係ありというべく、就中右保証金の返還(弁済期)と室の明渡しとを同時になすことを約した本件の如き場合には、保証金の返還を受けるまで室を留置し得ると解することが、留置権制度の基盤である公平の観念にそう所以でもある(賃貸借の場合に、敷金返還請求権と賃借建物の占有との間には牽連性なしとして留置権を否定する下級審判決がなくはないけれども、同判例自体学者の批判を受けているのみならず、本件に於ては、右保証金と本件室の貸借とは敷金が賃貸借契約に対する以上に密接な結びつきをもつているといえる)。従つて、被告の留置権の主張は理由があり被告会社は右訴外会社又は弁済につき正当の利益を有する原告)から右保証金の返還を受けると引換えに原告に対し本件室の明渡をする義務があるそして右の結論からすれば、右保証金の返還あるまで被告会社が本件室を占有することは適法であつて、右占有を不法なものとして賃料相当損害金の支払いを求める原告の請求は失当である。

つぎに不当利得返還請求権について検討するに、被告会社が留置権にもとずき本件室を占有する権限を有し、且つこれを使用することまで許されるとしても、右使用は、それが保存に必要な行為である場合を除いて元来留置権の内容をなすものでないから、それによつて得る利益は法律上の原因なきものであり、不当利得として返還さるべきものである。しこうして、本件に於て被告会社が本件室を使用し、その営業をなしていることは被告会社も争わず、これは原告の損失において被告会社が利得していることになるから被告会社は右利得を原告に対し返還する義務あるものというべきである。この場合賃料相当額をもつて右利得額とみるを相当と解すべきところ、鑑定人米田敬一の鑑定の結果によれば原告主張の額が本件室の賃料相当額の範囲内であることを認めることができる。従つてこれを求める原告の請求には理由がある。

(被告下村に対する請求について)

被告会社代表者、被告下村各本人尋問の結果によると、被告下村は被告会社の使用人として本件室において働いている事実を認めることができ、これに反する証拠はない(甲第十ないし第十二号証も右認定を動かすに足りない)。そうだとすると、被告下村は被告会社の使用人として同会社の占有の範囲内において本件室を占有しているにすぎず、独立の占有をもつものでないから、被告会社の外に、重ねて被告下村に対して明渡しを請求したり、損害金を求めたりすることは理由がないといわなければならない。

(むすび)

以上のとおり、原告の被告下村に対する請求は失当であるがら、これを棄却し、被告会社に対する請求のうち、本件室の明渡しを求める部分は訴外会社(又は弁済につき正当の利益を有する原告)において金三百万円の支払をなすときは正当であるから、これを条件としこれと引換にその請求を認容し他を棄却し、不当利得金の支払を求める部分は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 地京武人)

目録

東京都中央区銀座西六丁目三番地の七、八に跨る

家屋番号 同町三十四番

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建店舗一棟

建坪 二十八坪一合二勺

二階 二十八坪一合二勺

屋階 二十二坪七合四勺

のうち、

一階入口より向つて左側三番目の両道路に面した角の室八坪一合七勺及び室外にある地下室鉄筋コンクリート三坪

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例